NHKスーパーコンサート 縄文回廊 †一般的にはASAYANのオーディション1998年以降が小湊美和の芸能活動であり、それ以前の時代は民謡一家の一員として民謡を唄ってはいたものの、地元民謡界以外ではほとんど知られていなかった。いわば「紀元前」の小湊美和の姿がみられる唯一の公刊された映像がここにある。
1997/5/25 VHS:PolyGramVideo POVV-1722 ¥5,250
出演:EZO組/法笙組/古今組
曲目リスト 1.序章 SAN 2.PLUNAMA~津軽山唄/観(みはらし)~荷方節~能代船方面/外山節/最上川舟唄 /庄内ハエヤ節/花笠音頭/さんさしぐれ/南部牛追い唄 3.郷土芸能~ねぶた囃子/能代七夕/口内鬼剣舞/縄文太鼓/相馬盆踊り 4.組曲 縄文回廊 5.縄文回廊
縄文回廊 †山内丸山遺跡をはじめとする縄文遺跡の相次ぐ発見など、東北文化におけるキーワードとして「縄文」がクローズアップされてきた1996年、NHKが企画した、6日間東北6県を巡る連続コンサートのライヴ映像。
(公演の詳細日程等調査中)→webでは情報がほとんど無いです
東北地方を中心に活動する民謡家や郷土芸能集団が結集
「心の奥にあるなつかしさを感じた」 「不思議な印象、新鮮感動」 「いやぁ なんともはぁ えがったなっす」 感動の涙を誘い。絶賛を博した 「スーパーコンサート縄文回廊」。 【縄文のエネルギー】が創作した新しい音楽とパフォーマンス・ 縄文のこころを受け継ぐ東北のうた"民謡"が 【新しい縄文のメロディー】として生まれ変わりました。 自然が文化を育む地・東北が発信する 【縄文の世界】をお楽しみください。 ~ビデオのパッケージより~
小湊美和の声の魅力がすでにここにあった †この企画では「法笙組」というユニット名で、小湊一家が総出演。中心は尺八と三味線にアレンジも手がける父小湊法笙、唄は母小湊美鶴と19歳の小湊美和、そして当時まだ高校生の弟小湊昭尚(法昭)も尺八とパーカッション、唄で参加。
最初「津軽山唄」から最後の「縄文回廊」まで、「アァ~」というだけでもコミの声の輝きが際だつ。19歳のコミの唄は、細かい技巧や表現力ではまだまだ母美鶴にかなわないが、天性の「芯は強いがやわらかく暖かみのある声」の「素材感」が広い会場に響き渡る。若い素朴なヴォーカルの魅力は東北民謡的に洗練された母とある意味好対照だ。
歌っているときの姿は今と変わらない。何かが降りてくるという瞬間に身をゆだねたような表情は年相応より落ち着いて見える。歌が好きで好きでしょうがないという、生まれながらのヴォーカリスト、そんなのコミの魅力はすでにここに開花していたのだ。
小湊流アレンジ民謡の原点? †厳密に言えば、小湊家代々に伝わる民謡伝承のスタイルに、そもそもアレンジ民謡的な自由さがあったのかもしれないが、少なくとも公にリリースされた映像としては最初の記録と思われる。
「外山節」は小湊美鶴のいわば持ち唄的なもの。ここでのアレンジはpriestの版と基本的に同じ。榊原光裕のピアノはもっとジャズ風だし、美鶴の唄のスタイルはより東北民謡的だ。
「庄内ハエヤ節」*1では沖縄の三線を使ってかなり琉球風のアレンジを試みている。これがとっても楽しそう。ロック風の「花笠音頭」もこの段階でかなり出来ていた。
圧巻は「南部牛追い唄」小湊美鶴が自分の声で重ねた?三重唱*2サウンドも彷彿するが、あくまでメインヴォーカルの言葉を大切にしつつ、奥深い空間を創出している。(「どんとこい民謡」では尺八+コミ+バック二重唱)この一曲に編曲家としての小湊法笙の技が凝縮しているともいえる。
東北人の精神を表現する †「縄文」の音楽がどんなものだったのか、もちろん誰にもわからない。「縄文回廊」が表現しようとしたのは、現代の東北人の精神に息づく縄文的精神に他ならない。表面的な節回しや言葉づかいは変わっても、郷土芸能や民謡のなかにある、東北人独特の魂の表現に縄文からの連続性というロマンを描いているわけだ。
実際の音楽としては、どんなに歴史をたどっても江戸時代の向こうにまで直接のつながりを見つけだすことは無理であり、現代の東北民謡は当然日本各地の民謡の要素を織り込んだものになっている。民謡の立場で言えばそれが縄文の精神かどうかということは、実際のところあまり問題ではないだろう。
反対に、作品として一番の大作である吉沢政和の「組曲縄文回廊」は「縄文精神」に直接立ち向かうとした「現代邦楽」なのだが、民謡と並べたときにその芸術精神と音楽的指向性にあきらかにズレがあるような気がした。残念ながら芸術作品はちょっと退屈だった。この微妙だがたぶん決定的なズレが現代邦楽~伝承民謡の間に存在する「アレンジ民謡」の音楽的な在り方(チャレンジ)にもかかわるような気がして興味がつきない。 |